昭和46年07月10日 朝の御理解



 御理解 第96節
 「世の人があれこれと神のことを口端にかけるのも、神のひれいじゃ。人の口には戸  が閉てられぬ。先を知ってはおらぬぞ。いかに世の人が顔にかかるようなことを言う  ても、腹を立てな。神が顔を洗うてやる。」

 宗教に対する教養的な関心とでも申しますか。そういう言わば、世間の人は、一つの見方と言うかね、信心をさせて頂いておる者は、矢張り正直でもなからなきゃなりませんし、真面目でもなからなきゃなりませんけれども、その正直とか真面目とか、と言ったような浅い意味合いにおいてのところだけを見ております。そして非常にそのところに、関心を持つものです。ですから、間違うてはいなくても、間違うたように見えたりすると、いろいろと神のことを口の端にかけるようになるわけです。
 確かに、そうでもありますけれども、本当に宗教に帰依するというか、本当に、信心が深められて参りますと言うかね、ここで言うならば、合楽の先生に帰依するという。合楽の先生の言われる事を本当として、世間で言う様なことは、それは信心のない者の間の薄い者の考え方だとして、そういう生き方になります。そすと、そういう事でも、問題とまではならんけれども、まあ自分に聞えてくるところは、氷山の一角であって、本当はもっともっとひどい事を言うておる様な場合があるわけです。
 例えば、久富さんやら、大和さん辺りのように、お百姓なさったりしておられる方が、しかも、朝晩、今なんかは朝昼晩ですよね、夏の修行に入っとりますから。しかも、仕事着なりに、ずっと、こうやって来るなら、余り目立ちませんけれど。きちっと洋服を着て、ネクタイをはめてやって見えますよね。ですから、本当にちった矢っ張り、おかしいと信心の薄い人から見たら、見えるに違いありません。ちっとやっぱりその、呆けて御座るくらいにあるだろうと思います。
 ところが、本当の意味において、ここで私の信心を頂こうとする。私の信心の歩みとでも言った様なものを、皆さんが知って下さって、はぁああいう信心から、ああいうものが生まれたんだと、いわゆる、ここでは仰います様にね。先を知ってはおらぬぞと仰る。だから、あぁ言うのであって、あぁいう見方をするのであって、先を信じ、先を分からんなりにも、そこんところを、おかげが頂けると信じておるところから、それが平気で出来るようになる。いやそれが有難く出来るようになる。
 ですから、本当に信心に帰依が出来たら、もう一応は必ず信の薄い者信心のない者からは、とやこう口の端にかけられるという事は、これは覚悟しておかなければならんと思うですね。ですからそれはそれがそうには聞えてこんでも、それこそ神様の顔にかかわるような感じのことが言われておると、まず私どもは承知しとかなきゃならん。けれどもそれは問題ではない。先を知らんのだから。
 私は本当に信仰に帰依するというか、まぁこれは信仰、これはまぁ合楽と言う事になりますが、合楽に帰依するという事になって参りましたら、そうならなければ、合楽の信心は分かりませんもんね。そうならなければ合楽の信心の有難さは分かりませんもんね。そこを矢張り通り抜けなければならない。そこでです、例えばそういう雰囲気が、自分の周囲にありましてもです。
 それは、むしろ神の比礼だという事にならなければいけんのです。最近、ここ一年余り、本気で打ち込んで、稽古を、信心の稽古をなさっておられる方があります。最近、次々とまあ普通で言うなら難儀なこと。あぁ本当に信心がなかったなら、此処を、どげな風にして通り抜けたろうかと思うような事柄が、矢継ぎ早に続いておる。まぁどっちかと言うと、本当、へとへとするくらいにあるだろうと思う。まだ信心が分かったと言うても、一年ぐらいの信心の体験は薄い方。
 自分自身は、そういう中に信心を頂いておるからこそ、親先生を頂いておるからこそ、親先生が右と仰れば右、左と仰れば左と、まぁ安心しておられるのだけれども。もしこれが信心がなかったら、どういう事になるだろうかと思われる様なことが続いておる。その方のところを心配して下さる。信心のない人達は、いろいろと忠告をして下さる。これはまぁ私なら私のことでもよいですけれども。
 私がいよいよ、教祖金光大神の信心に帰依し奉るというか、本当の信心修行にならせて頂いて、もう商売も出来ないようになっておる時分に、私の子供の時からの友達であります親友が、わざわざやってきてくれましてね。私の噂を聞いたわけですね。もう金光様に呆けてしもうとるという風に、それで大変、家庭的にも、経済の上にも、いわゆる困っておるという事を聞いて、わざわざ、もう実に親切にですね、いろいろ言うて来てくれたんです。仕事がないなら、自分のところの商品を売って貰うてもよい。
 私が商売は、一角の商売をやってきとりますから、知ってるわけです。だから、それは信心をやめろとは言わんけんで、どうでん少し、商売の方に身を入れなさらにゃ、まあ入れなさいと言うて忠告をしてくれた。本当に有難い。けれども、それこそ、先を知ってはおらんのです。もうそれこそ、何か心から笑いが込み上げてくるような感じでした。そして心の中に思うた。私がこれ程、この人達のところまで、そういう噂が散らかっておるくらいに、皆から、言わば知られてきた。
 と言う事は、これはお道の信心の宣伝をさせて頂いておるようなもんだと私は思うた。所謂ここんにきは、神の比礼なのであります。だから暫くは例えば先は知っておらんのですから、難儀困迫しておったり、信心にぼうけておらんかと言うくらいに打ち込んでおる時は、誰だって悪口を言うたり、又その人のことを本当に思うたら、親切に少し考えを直さなければいけんのじゃないかと、言うてくるのがあります。
 ですからね、自分は、そういう神の比礼を立てさせて頂いておる程しの信心であるという事を、私は、御礼申し上げねばいかん。自分はもう、只、信心のなかった時に、信仰的教養といったようなものを身に付ける。まあしゅうよう程度に信仰を思うておるという時代から、いよいよ、その信心に打込んで帰依してくる。その辺から、人が何と言うても、又は、どのような事が起っても、信心の心は動かないどころか、かえって、それが有難いものになってくる。
 今に見ておって下さいと言うじゃなくてです。そうして神様の、言うならば宣伝をしておるようなもの。そういう御用に使うて頂いておる様なもの。それは、先のことを知ってはおらんことであり、又、信心させて頂く者としては、先を信じておるから、そう思えるのである。私がおかげ頂かん筈がないという確信。だから、日に二遍が三遍でもお参りさせ頂く事が本当だと思うたら、それをやってのけるのである。
 だから、この辺の確信の持てる信心。あんたどんが信心も何にも分からん者が、何ち言うの。信心ちゃこういうもんばい、あげなもんばいと言うて聞かせたところで分かる事じゃない。それこそ、かえって、信心の分からない人達の上に、むしろ、信心が分からん人を気の毒だと思う様な心が、いよいよ強うなってくるのであります。此処では、如何に世の人が顔にかかるような事を言うても、腹を立てなと、腹を立てるだんじゃない。むしろ反対に御礼が言えれる心。
 自分も矢張り、もう普通の信心じゃない。本当に自分の信心も、本当なものになってきたと自分でも思える。人から顔にかかるような事を、所謂、神のことを口端にかけると言うのですから、私が信心をしておるという事を、人が笑うたりする。場合には、悪口を言うたりする様な場合があっても、腹を立てなとこう言う。腹を立てるどころか、むしろ自分の信心が深まっていくことを、神様に御礼を申し上げるようなおかげを頂かなければならん。
 あれは不思議なと言うか、不思議なものですよね。他の事を言われても、そう腹が立たんのだけれども。事、神様のことを言われると無性に腹が立つ、そういう時代があります。私の事を悪口言う分にゃよかばってん、私の事を通して、金光様までが、力がないごと言うたり、金光様を、悪う、汚う言うたりせんでも良いじゃないかと。私の事の悪口は良いと。けれども、まぁ金光様の事まで悪口を言うと思うて腹が立ちます。
 他の事は良いけれども、自分の所謂もうそこに帰依しておる人のこと、いうなら、私の事でも良い。私の悪口でも信心のない人達、だからあぁあの人は子供の時はこうじゃったとか、商売をしよった時にはこうじゃったとか。あの人は元は何ばしよっちゃった、あぁじゃったが、今時はどうという様な噂を、信心のない人達が話しておる。それを聞くと、何かこう言い訳の一つもしようごとなってくる。それが、事、神様の事であったりしたら、尚更、そこに腹が立つような気がする。
 そういう場合、腹を立てなとこう言う。腹を立てるなと。腹を立てるだけでない。自分がそれほど信心に打込んでおるという、これはもう事実である。本当に、信心に、お道の信心で言うと教祖様の信心に帰依を申し上げた。所謂、合楽の先生に帰依した。だから今こそ、合楽の先生の辿られた道を、自分は辿っておるのだという、むしろ誇らし気なものまでが生まれてくるくらいな信心をさせて頂きたいと思う。
 人は笑う。人は悪口を言うかも知れん。神が顔を洗うてやると。私がおかげを頂かん筈はない。親先生と同じ道を歩いているんだ。親先生もその道を歩かれる時には、随分悪うも言われなさった、立場も悪い時もあった。もうある場合は、人非人の様にまで言われた時代もあるけれども。そういう道を歩かせて頂いておるということは、いわば、自分の帰依している人と同じ道を歩いておることだから有難いんだ。
 だから、分からん者に言うて聞かせても分からん。説明することもいらん。どんなに顔にかかわるような事があっても、腹を立ててはならん。腹を立ててはならんどころか、自分自身が、信心に有難くならせて頂いておる事を有難いと思わせて頂くだけではなくて、絶対のおかげを、絶対の信ですね、絶対信を以て、そこを通りぬかせて頂く、しかも、そのことは、そのまま神の比礼にまで繋がるのである。そういう頂き方は。
 だから、少しは人から笑われたり、少しは悪口を言われたりすることは、それを、ある人は、こんなに信心しておって、いつまでも貧乏しておっては、神様に、顔に泥を塗るような事ですから、早くおかげを頂かせて頂きたいと言う様な事を言う人がありますけれども、そげな事で神様が、俺の顔が汚れると仰るようなことではない。むしろ神様は神の比礼と思うてござる。だから私どもも、矢張り神の比礼を立てておると思うている。思えれるだけの信心をさせて頂きたいと思います。
 昨日、私、夕食をしかかっておる時でした。善導寺の久保山茂さんが、昨日は一日、今日が此処の支払い日ですから、経理の御用で一日御用を頂いておった。そして、いつの間にか帰っておったんです。一緒にご飯しようと思いよったら、帰ってしまっておった。そしたらやって来ました。私は控えにおったら、襖を開けてから、こう一升瓶下げて来とりますもん。この人にしちゃ珍しいことをするもんじゃある。夕方、親先生と飲みまっしょうという格好ですよ。一升瓶下げてから、入ってきたから。
 本当、もうどうのち言うたところが、今私は、帰ろうち思うちから、バスの停留所まで参りましたち。そしたらあそこん、中鶴さんが、確か金光様の信心する人ですばいち。何かお宅では失うなっとらせんですかとこう言う。何とも聞かんがと言うたら、確かに金光様から出て行きよったつば、ある人が見たち、朝から五時頃。だから今頃らしい。一升瓶下げて来とる。
 そしてそれを、歯で開けちから飲うちから、それを薮の中に隠しよる。それを中鶴さんが見てあった。あそこのたばこ屋の小母さんが見てあった。それを中鶴さんに話しなさった。金光様の信心しとって、どげな事でんするのち言うたごたる風で、二人で、いわゆる、悪口を言いよるところへ、茂さんが丁度、それで、ここに見げ行ったら、焼酎が、そこに隠してあった。その薮の中に。
 信心しよってから、そげな事してからち言うてから、まあ言いよる。それは私は、ようと知らんばってんから、確か焼酎の銘柄というのは、確かに事務所で、私は見た感じがするけん、そうじゃろち言うて聞いて来るち言うてから、一升瓶を持って来て、熊本の松の泉という焼酎ですよ。それを開けて、もうこのくらいばかり飲んどった。そして隠してあった。ほんに信心しよったっちゃそげな事ばする奴がおるけんのというごたる風な、そんな事だったとこう言うのです。
 私の家に、確かに、松の泉という焼酎がありましたけれども。ははぁ昨日、お酒をそれこそ疲れた様になって、お酒のために心をとり失ってしまう。そういう人のお願いがあって、その方が参ってきておりました。その人がウロウロしてから、御祈念なせんな、御理解は頂かんなウロウロしよったつは私が知ってましたです。だから、ははぁその人が、その焼酎がそこんにきにあったもんだけん、持って行ってから、向うの薮の中で飲うで来て、そしてバスの停留所の裏に隠しておったち。
 それをその、折悪しく、たばこ屋の小母さんが見付けちゃったというわけです。 けども私はね、これはおかげ頂くと思いましたね。けども、人の物にまで手をかけるという様なことは絶対にない。人が垂れたらしい。だから警察にでも、預かってもらいたいというけれども、悪いことせんけん出来んち言う。それこそ、お神様に参ってきて初めて、神様の御神酒か、または、そこにあったのかなにか知らんけれども、それを持ち出して飲む程しの事をするのですからね。
 矢張りその人は、言うなら神の比礼なんだ。そういう事も、矢張り神の比礼なのである。教会内にあったものを、頂くというのですから、もう薬以上の薬を、神様が与えなさった様な気がしたんですよ。まあそれから、一緒に御飯を頂こうと思っとるとこでしたから、まあとにかく一緒に頂いて帰りなさいと言うて、その人の事をいろいろ話した事でしたけれども。もっともっとひどい事がありますよ。
 ある教会の息子さんが、義理のあるお父さん先生なんです。その息子さんが少し義理の仲だからと言うて、少し出来そこのうとった。それがね親子喧嘩をしてから、そのお父さんの先生を刺し殺してしまった。それはまぁ大変な事だったらしいですね。九州のある教会です。もうそれこそ、金光様の誰でも参りよったものは参らんようになり、金光様のこの字も言わんだけじゃなくて、金光様の顔は大変な言わば普通で言うなら汚れ方。けれどもね、神様は、それを一つも汚れだとは言っておられなかった。
 それからどうでしょうか。十年位したら、その教会の御比礼の立ち出したこと、立ち出したこと。それはもう教会も大変立派になっておるそうですが、毎年、修行生が、そこに行くくらいです。私は、その人の親教会が久留米ですけれども、一辺久留米代表でお参りさせて頂いたら、そこからの御信者だけは、お広前の一角を占める位に、沢山参って来ておった。はぁこれは珍しいお供えがしてあるとおもうて、後から聞かせて頂いたら、あれは○○教会から全部お供えしたつげなと言うように、おかげ頂いてある。
 そういう例えば、そんなひどい事が、あっておったけれどもです。けれどもそれは、金光様の話ちは、その辺一円に散らかってしもうておる。所謂神様の宣伝。それがその後の人がどんどん助かるという事になったから、あぁあそこでやと言う宣伝が行き渡っとるですからね、おかげを受けておる。現在ではもう、その界隈では、第一番の御比礼を頂いておられます。お弟子さんも次から次と出来るというような教会におかげを頂いておる。成程神の比礼だという事が分かります。
 ですから、そういうおかげの頂ける前にですね、そういう様なことも、又、あることもあるわけです。私どもが本当に、神様に帰依をすると思うておる。そこで、そこで神様は、本当に帰依しているかどうかを試される必要を感じなさるのではないでしょうか。それをちょっとのお試しに、ぐらぐらしたり、言い訳をしたりするような信心では、私は、先のことは知らない人達が悪口を言う、その悪口を言われ続けたのでは、本当に神様の比礼を落とすことになる。
 その場その場ではです、例えば神様どのようなひどい事を言われてもされても、それを神様の顔に泥を塗るような事には決してならん。問題は、おかげを頂きさえすれば。だから、そのおかげを受けると言う、そこんところがです、神様が顔を洗ってやると仰る。神様が顔を洗うて下さるところまでの信心がなされなければいけないと言うこと。今日は、大変厳しい御理解ですね。
 宗教的教養、これは、皆素晴らしいものだ、良いものだと。人から一つ段叩かれたっちゃ、もう一つ叩いて下さいと言う様なのが信仰者だという風に見ておるわけです、世間では。それが一つの宗教的、教養的なものだと皆が思っておる。けれども実際に信心に取り組んでみると、そんなものじゃない。そんな生易しい初歩的なものじゃない。 本当に帰依させて頂いて打込んで参りましたら、場合には、人から悪口を言われたり、笑われたりする様なことまで起って参りますけれども。
 そこんところを、自分自身も、いよいよ、神様に帰依申し上げる信心が出来ておるんだと分からせて貰うて、一段と信心を、そこから進めていかなければ、そこから顔を洗うて下さるというおかげ、成程神様じゃなぁという時のおかげはもう、それこそ、あらっという様なおかげになっておる訳です。今、例に申しました教会の場合なんかは、もうその辺きっての御比礼の立つ教会。
 それが例えば何年前かには、そういう悲惨な、又は信心しよる家庭で、そういう事があってよかかというような事が、あっておるような事があったところをです。そこんところを御神意として、ひた受けに受けて、私はそこの家の教会の、そういう直後に、あちらへ商用で参りまして行ったことがありましたが、もうそれはそれはね、もうセドワのごたるところを通って行かにゃならんん。
 それ干し魚がずうっと干してあって、臭くて臭くてですね、お広前が三畳くらいでした。手洗う所も洗面も何もなか所で、お茶碗洗うたり手を洗うたりするもんですけん、庭の隅は、ドブドブになっとる、庭の隅が。お神様、床の間のぐらいの所に、座って拝む所は三畳くらいのとこだった。ようもこれで教会の看板が上げられとる事じゃあると思うて、一遍参った事があるです。
 さあそれからどうですかね、とにかく今は大変な大きな地所を買われて、大きな教会が出来て、とにかく修行生が次から次から出来るくらいですから。もうその辺ではきっての金光様。助かられる教会ちゃその教会と言われるくらいにおかげ頂いておられます。だから、そこんところ本当に頂き抜く信心。人からどんなに言われてもです、それこそ血の涙の出るようなこともありましたでしょう。
 そこを辛抱し抜いて行った時に、顔を神様が洗うて下さったことになったら、それこそその先生と私一、二年前にお会いしましたが、もうその時分の先生とは、全然風貌から変わっておられる。成程徳を受けられたような、もう衣装もようなっとられましたがね。本当に人が目を見張る様なおかげを頂いておる。神様が顔を洗うて下さると言うことは、そういう素晴らしいことだと思うですね。
   どうぞ。